今回は前回に引き続き2024年2月の京都旅行の模様をお届けする。
1日目(前編)はこちら↓

2日目
雨の朝
2日目は雨との戦いだ。
旅行前日の天気予報では、雨予報のことなど微塵も言及されなかった。
折り畳み傘の一つも持たず、京都へ旅立ってしまった。
しかし現実は非情だ。
東京での生活に甘えていた私のスニーカーに雨粒が滂沱の如く襲いかかってくる。
私は泣く泣く地下鉄・バス1日券を買い求めた。
↓京都市交通局ホームページ↓
地下鉄・バス1日券は京都市交通局が販売する商品だ。
これを使えば京都市営の地下鉄およびバスなどの公共交通機関が1日乗り放題となる。
料金は以下の通りだ
大人:1100円
小学生 : 550円
市営バスや地下鉄を利用することであなたの京都観光が快適になること間違いなしである。
哲学の道

まず京都駅から市バス100系統(清水寺・銀閣寺行き)に乗車。
その40分後、南禅寺・永観堂道バス停で下車。
バス停から徒歩5分で哲学の道に到着だ。
哲学の道は京都市左京区、若王子神社から銀閣寺を結ぶ遊歩道である。
この遊歩道は琵琶湖疏水に沿って作られている。

琵琶湖疏水は明治時代に琵琶湖から引かれた運河だ。
明治維新で首都が東京に移った折に、京都の人口の実に3分の1が流出したという。
これを危惧した当時の京都府知事は、京都に活気を取り戻すために琵琶湖から水路を引くという政策を実行した。
そうして出来上がったのが総延長20kmにも及ぶ運河、琵琶湖疏水だ。
完成した琵琶湖疏水は現代に至るまで、水力発電、水道用水、農業用・工業用水などの役割を担っている。
私は小雨の中20分ほどかけて哲学の道を走破した。
春には満開の桜、そして秋には紅葉が私たちを迎えてくれるという。
華やかに着飾った哲学の道の姿もいつか拝みたいものだ。
琵琶湖疏水の建設に関わった人々に想いを馳せながら、哲学の道を後にした.
銀閣寺
哲学の道を抜けるとまもなく銀閣寺に到着だ。

↓銀閣寺ホームページ↓
あいにくの雨で参拝客は私を含め3組しかいなかった。
1日目はどこもかしこも人だらけだったので、落ち着いて境内を回ることができた。
境内に点在する建物や庭園はどれも侘び寂びを感じさせるもので、私の両足に蓄積していた疲労を幾分か和らげてくれた。
銀閣寺は正式名称を東山慈照寺という。
慈照寺は室町幕府第8代将軍である足利義政が造営した山荘、東山殿を起源とする。
義政の死後、東山殿は禅寺に改められ慈照寺となった。
その後室町幕府の衰退とともに慈照寺も衰退の一途を辿った。
慈照寺は江戸時代初期、宮城豊盛により大改修がなされた。
今日私たちが目にする銀閣寺の景観は、この時の大改修が基礎となっている。
金閣寺
銀閣寺の拝観を終え、次なる目的地へ。
銀閣寺最寄りのバス停、銀閣寺道からバスで50分。
私は金閣寺(鹿苑寺)に到着した。
金閣寺周辺は観光客でごった返していた。
やはり人はよりゴージャスなものに惹かれてしまうのだろうか。
↓金閣寺ホームページ↓
雨も一時的に上がり、金閣寺とご対面だ。
鹿苑寺の前身である北山殿を造営した足利義満は、金閣寺を通じて極楽浄土の世界を表現したという。
水面に反射する舎利殿は、自身の存在感をより一層際立たせている。

1950年に金閣は放火により一度消失している。
現在の金閣寺は1955年に再建されたものだ。
上記の出来事が三島由紀夫の著作、金閣寺の題材となっている。
私は金閣寺を読んで2つのこと学んだ。
1つは理想と現実の間にあるギャップを認めること。
そしてそのギャップを埋めるために行動を起こすこと。
この読書体験が、私の行動指針に大きな影響を与えてくれた。
お好み焼き
朝食はコンビニで済ませたのでお昼はガッツリ食べたい!
ということで金閣寺から徒歩2分の “お好み焼き 大のじ ” でランチだ。

↓お好み焼き 大のじホームページ↓
お好み焼きの焼き方がわからなかったので、恥を忍んで店員さんに焼き方を教えていただいた。
我ながら上手く焼けたと思う。
ビギナーズラックというやつだ。
店内ではクイーンの名曲の数々が流れていた。
この京都旅行の1週間前にクイーンの来日公演を見に行ったことも相まって、テンションは2割増しだ。
心身ともに満たされた昼食であった。
龍安寺
大のじを後にし、市営バスで10分。
この旅の最終目的地、龍安寺に到着だ。
↓龍安寺ホームページ↓
龍安寺は応仁の乱、江戸時代の火災で2度も焼失している。
今回の旅で訪れた建物の多くは一度火災によって焼失したものばかりだ。
それにも関わらず、再建を果たしてこうして私たちを魅了している。
日本の建築技術、そして人々の想いの強さが原動力となっているのだと感じた。
境内に入り、私を出迎えてくれたのは方丈庭園だ。

この石庭には合計15個の石が配置されている。
15という数字は月が15日で満ちることに由来しており、東洋では非常に縁起のよい数字として認識されている。
つまり15は “完全” を意味する
一方、この石庭は上空から見ない限り、15個全ての石を視認できないという “不完全さ” も孕んでいる。
この完全さと不完全さを併せ持っていることが、この方丈庭園の魅力の一つだ。
境内を順路通りに進んでいくと、この旅のハイライトが訪れる。
それはつくばいだ。

このつくばいの中央には漢字の ” 口 ” が、
そしてその周りには時計回りに五、隹、疋、矢が配置されている
これを読むとワレタダタルヲシル。
いわゆる足るを知るというものだ
この一文に私は圧倒された。
これは現代のミニマリズムにも通じる考え方だと思う。
自分はすでに満ち足りているということを知る。
この禅のマインドが私を大きく変えてくれた。
帰宅
龍安寺からバスで50分。
京都駅に到着だ。
駅に着いてからというもの、私は旅での出来事や心情の変化をスマホのメモに書き殴っていた。
今こうして旅行記をかけているのもこの時のメモのおかげだ。
18:01 新幹線に乗車
20:15 東京駅着
こうして私の京都旅行は幕を下ろした。
旅で得た学び
ここまで2024年2月の京都旅行の模様をお届けした。
今回の旅を通して、私は大きな教訓を得た。
それは足るを知るということだ。
知足とミニマムライフ
前述の、龍安寺のつくばいに刻まれた言葉だ。
足るを知るとは、禅の教えである” 知足 (ちそく) “に由来する。
これは現状に満足し、それ以上のことを求めないことを意味である。
私はこの思想が現代でいうミニマリズムにも通じるところがあると感じた。
21世紀の人類は、これまでに地球上に存在したどの生物よりも豊かに暮らしている。
そして私たちの身の回りは、常にモノやサービス、情報で溢れかえっている。
しかしこれは同時に、私たちに本当に大切なものを見失わせているのではないだろうか。
足るを知るということ、これは自分にとって何が重要なのかを見極めなさいというメッセージなのだと私は考える。
私は帰宅後、手始めに不要なモノの処分に取り掛かった。
片付け始めると、使わないのに衝動買いしてしまった物で部屋が溢れかえっていることに気づいた。
これでは今すべきことに集中できないのも当然だ。
片付けを進めた結果、私が本当に必要としている物は1つのリュックに収まる程度しかないことがわかった。
これは勿論家具、家電を除いての話である。
必要なものだけを残した結果、大学での学修や趣味に没頭できるようになったのだ。
私はこの京都旅行を通して、自分に必要なものを見極める力を手に入れることができた。
物の収集に労力をかけるより、記憶に残る経験を重視できるようになったのだ。
世間ではミニマリストは何もない部屋で悟りを開いている人といったような偏見が蔓延しているように思える。
しかし私は実際のミニマリストとは、本当に必要な物を厳選し、自身の仕事や趣味に没頭できる人のことを指すと考える。
これは私の理想とする生き方である。
私はこの理想を叶えるための日々を送っている。
最後に
全2回でお送りしてきた京都旅行記、如何だっただろうか。
私はここ数ヶ月、一人旅をしていない。
それは以前のようにまとまった休みが取れなくなったからだ。
そのことが却って私の旅への欲求を掻き立てている。
数ヶ月後、大学生活最後の春休みがやってくる。
今年の春休みは、青春18きっぷを利用して九州を目指す。
これをモチベーションとして、今後も過去の旅行記等をを執筆していく所存だ。
それではまた。
写真:絶起(iPhone 15で撮影)
執筆:絶起
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